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夏の終わり、彼岸まで

HNS Part.2
May 4, 2025

プロローグ ある夏の日

Characters:Aya
Keywords:memory / summer / quiet resolve


あいつの顔を見るたびに、胸がちくりと痛む。
なにかを思い出しそうで、けれど決して思い出せない。


そんな気持ちを、私はずっと抱えている。


季節は夏。
うだるような昼の暑さをやりすごした夕暮れ時。
耳鳴りのようなセミの鳴き声は遠くなり、涼しげに風鈴が鳴いていた。


どこにでもある夏のはずなのに、私はこの季節を、どこかで何度も見たような気がする。


「また夏が来たね」

そんな言葉を誰かが言ったとき、私は小さく笑ってごまかした。
心のどこかで、知っている気がした。

これは“初めての夏”じゃない。


でも、それが何度目なのかなんて、私にはわからない。
そもそも本当に“何度もあった”のかも、確信はない。

ただ、たしかに私の中に、焼きついた何かがある。

賑やかに並ぶ鮮やかな露店の列。
胸いっぱいに響く花火の音。
静かに揺れる色褪せた彼岸花。


——ぜんぶ、夢だったのかもしれない。


あいつは、笑っている。
なにも知らない顔で、いつも通りの夏を歩いている。


たとえこの気持ちを誰にも伝えられなくても。
たとえ、もう二度と振り返ってもらえなくても。

この胸の奥だけに残っている何かが、
私をまた、前に進ませる。

だから私は、走り続けるのだろう。

この夏を、もう一度
——いや、きっと“初めて”のように。

 

Characters:

水瀬 絢(みなせ あや)

鈴蘭(すずらん)

稲月 万奈美
(いなづきまなみ)

プロローグ ある夏の日

Characters:Aya
Keywords:memory / summer / quiet resolve

第1章 田んぼの道と幼馴染

Characters:Aya
Keywords:routine / warmth / unnoticed change

第7章 灯りの向こう、赤い影

Characters:Aya
Keywords:festival / hesitation / longing


第1章 田んぼの道と幼馴染

Characters:Takahiro
Keywords:routine / warmth / unnoticed change

舗装の甘いアスファルトを踏むたび、靴底から小さく砂利が鳴った。

両脇には田んぼ。どこまでも続く稲の海が、風にさわさわと揺れている。


「・・・・暑いな」


小さくぼやいた声は、誰に届くでもなく空に溶けた。

カバンの中でペットボトルが転がる音がして、飲むかどうか迷う。

だけど、もうすぐ学校に着く。どうせ汗は止まらない。

そのとき、後ろから自転車のベルが鳴った。


「おはよ、貴祐」


振り返ると、自転車を押して歩く絢がいた。


「また寝坊?」

「ちょっと、なにその言い方。昨日夜遅かったんだってば」

「どうせまた、夜な夜な格闘技の動画でも見てたんだろ。」

「うるさいな。あんたこそ、今日の宿題やってきた?」

「それって今日までだっけ」

「もー、ほんと世話焼けるんだから。あとで私のノート貸したげる」

「おお、神様仏様絢様・・!」

「これで一つ貸しね」
 
「はいはい」
 
「ハイは一回」
 
「へ~い」

このテンポで言い合うのが、僕たちの日常だ。

ちょっとだけ風が吹いて、田んぼの上の空気を揺らした。

この道は、僕たちが毎日通る道。

小学校のころから変わらない景色の中、変わらないようで、少しずつ何かが変わっていく。


MINASE AYA

水瀬絢(みなせ あや)です。
八雲高校の2年生で、クラスは2年3組。
部活には入ってません(帰宅部です)。
でも頼まれると、なんだかんだ手伝ってます。

「性格キツそう」って言われるけど、心外です。
慣れてくると、意外と話しやすいって言われます。

ケンカは強いほう。
というか、負けません。

裁縫とかお菓子作りとかは苦手。
あと、暑いのと理不尽は大嫌い。

幼なじみに男子がふたりいて、
うるさいけどまあ悪くない。

そのうちの一人——あんたのこと
だけど、ちょっとだけ特別。

でも、それはナイショ。
言ったら調子乗るから。

……だから今日も、
ちょっとだけそっけなくします。

SUZURAN

えっと……鈴蘭(すずらん)ですっ。
名前、かわいいでしょ?
えへへ、今日は特別に来ました。神社に住んでるんだよ。
タカヒロが来るときだけ、ちょっと外にも出られるの。

それから、ここ、耳がふわふわしてるの。
見える?犬みたいでしょ?
誰にも見えないけど、タカヒロには最初から見えてたの。
へへん。

楽しいことが大好き!
お祭りも、お菓子も、
外で遊ぶのも!

でも電波とかケータイは苦手。
頭がジーンってなる……。

万奈美ちゃんのこと、
ちょっと心配。
ずっとがんばってるから。

タカヒロのそばにいると、なんだか外にも出られる気がするんだ。
だから、もっと一緒に歩きたいなって思ってる。

でも、
私は神社から動けないから……
見てるだけ。

いつか、ちゃんと“ありがとう”って
言いたいな。

第7章 灯りの向こう、赤い影

Characters:Aya
Keywords:festival / hesitation / longing


「絢~! 早く! ヨーヨーすくい空いてるって!」

屋台の灯りがいっせいに灯って、境内が夏の夜に変わった。
紙灯籠の光が地面を照らして、人の笑い声があちこちから響いてくる。

私は浴衣の裾を気にしながら、友達と一緒に屋台の並ぶ方へ向かう。
帯はちょっときついけど、今日はそれも我慢。

だってこれは、あいつに見てもらいたくて選んだ浴衣だから。

……なのに、まだあいつには会ってない。


「絢、今日の浴衣、なんかかわいくない? 珍しく女の子っぽい!」

「べ、別に。これは……なんとなく選んだだけ」

「え~? ほんとに? 柄もピンク入ってるし、絶対意識してるでしょ~?」

「してないってば!」

思わず声が上ずって、言いながら耳が熱くなるのがわかった。
それをごまかすみたいに、私はヨーヨーすくいの台にしゃがみ込む。


水面には、色とりどりのヨーヨーがぷかぷかと浮かんでいる。

「……ほら、集中しないと!頑張れ絢隊長!」

私はこよりの先端を、そっとひとつの輪ゴムに引っかけた。
でも手元が揺れて、狙いが定まらない。


「絢ったら、もしかして動揺してる!?かっわいーー!」

友達の笑い声に、もうこれ以上返せなくて、私は小さくため息をついた。

INADUKI MANAMI

はじめまして。稲月万奈美(いなづきまなみ)です。
八雲高校の2年生で、同じ学年の子はみんな知ってるかも。
犬耶神社の娘で、小さいころから巫女をしています。
覚えてくれたらうれしいです。

よく「落ち着いてるね」と言われます。
たぶん、のんびりしてるから……
おっとりしてるって言われますが、マイペースなだけです。
掃除とか地味なこと、わりと得意です。
ゆっくりですけど。

読書が好きで、恋愛小説もちょっとだけ読みます。
私も、小説みたいな恋がしてみたいなって、正直とっても憧れます。
でも、神社のことを大切にしているので、それで誰かに迷惑がかかるのは怖いです。

だから、自分の気持ちは……しまっておくことが多いです。

でも、ある日、あの人と
神社のことで話すようになって、
そのままじゃいられない気持ちが、少しずつ芽生えました。

でも、私は
“神社の娘”で、
“巫女”で、
“祀られる者”で……。

だからこそ、
誰よりも普通に恋がしたかった
のかもしれません。